少年漫画って何ぞや

コニチワ!ふらんくです。

毎度のように締切ギリギリにケツ叩かれてのろのろ執筆に取り掛かるんですが、今回のネタは今朝バイト出勤する時にエレベーターの中で何となく思いつきました。記事ってさ〜長さが絶妙すぎるんだよねえ。表面だけつるっとなぞったような当たり障りのないことを書くのも忍びないが、ありえないドデカ熱量で推しバンドなどについて語りちぎるのもどうなのよって感じ。自分語りならいくらでも出来るけど、それってwho needs?……というわけで、若干流行りに乗りつつ、それっぽいことを書いてみます。適当にボール放り投げたみたいな文が続く気がするなあ。

追記: 結局4500字を超えています。普通に長すぎるので、暇で暇すぎて頭抱えてる方のみどうぞ。

 

少年ってなに

今回は、少年ってなんだという話をベースに少年漫画という概念についてあれこれ考えてみたいと思います。

少年漫画。最近いくつかの大きなジャンルが動いていますね。つい先日、アニメ放送(第2クール)が終了した呪術なんかは映画化まで決まりました。鬼滅も映画で世を席巻し、大きな盛り上がりを見せています。これらは週刊少年ジャンプという週刊誌に掲載されている漫画で、いわゆる少年漫画というやつです。対角にあるのが少女漫画なのかな?ふらんくは男子だったことはないのですが、小さい時からガンガン少年漫画を読んでいました。少女漫画も読んだことがないわけではないけど、少年漫画の「うおお!!次どうなるんだ!?!?」みたいなワクワクが比較的薄いので、あんまり刺さりませんでした。これは父の影響がすごく大きくて、父の生家がすぐ隣にあったため、彼を育てた漫画たちがそのままそこに山積みになっていたんですね。幼いふらんくはその漫画を教科書として、ルビの振られた漢字を読むことである程度の読み書きが身につきました。本気と書いてマジと読むこととか、漢と書いておとこと読むこととかね。謎にヤンキー漫画が多かったな。オススメのヤンキー漫画の話はまた別の機会にしようと思います。

閑話休題

そう、少年ってなにという話です。今適当に調べたところ、少年とは、

  1. 年の若い男子。通常七、八歳から十五、六歳まで。
  2. 年が若いこと。幼いこと。

と書かれてありました。ふむなるほど。

一般的には、少年というと1の方を指すような気がします。ボーイってことだね。つまり鼻の頭に絆創膏貼って、前歯が抜けてて虫取り網かついで野山を駆け回るような男子が読んでそうな漫画、それが少年漫画というわけです。(そうか?)

 

少年漫画の少年らしさとは

少年とつくからには、少年漫画は少年らしい漫画であるはずです。ま、私も漫画を多少読みますが、ジャンプを毎週しっかり通読しているというわけではないので、少年漫画を代表する作品(の中で私が読んだもの)をいくつか挙げながらああだこうだ考えてみます。

まずはドラゴンボール。まさに国民的漫画と言えるだろう……と思っていたのですが、同世代にちらほらドラゴンボールを見た事がないという人がいてしょっぺえな〜と思いました。マジ?ミスターポポとか知らない? 悟空とかみんな一度はなりたいと思うんじゃないのかな。ドラゴンボールにおいて特に取りあげておきたいのは、そのストーリーです。まずとにかく戦闘がメイン。孫悟空というサイヤ人が戦って戦ってどんどん強くなって髪が金色になっちゃう話です。熱いでしょ。次に、構図。鳥山先生は絵もバチバチにお上手ですが、構図がもう天才的。映画的なカメラワークを用いた戦闘シーンの斬新なコマ割りは、数々の漫画家に影響を与えていると思います。NARUTOのリー vs 我愛羅戦などで印象的ですね。これらはまずまず少年漫画で特徴として見られる要素でしょう。

少年漫画というのは、一般的な漫画と比べるとカメラワークの幅が非常に広いと思います。それは戦闘シーンがもりだくさんである(ことが多い)から。ページをめくるごとに、紙面いっぱいを使って繰り広げられる戦闘シーンには心奮い立たずにはいられないというものです。

次に、個人的にかなり特異だと感じるポイントとして、主人公の主人公性が挙げられます。

ドラゴンボール』の孫悟空、『ONE PIECE』のモンキー・D・ルフィ、『NARUTO』のうずまきナルト、『チェンソーマン』のデンジ、などなど。私の中では主人公にもいくつかタイプがあって、物語の背景や作者の性癖によってそれらが決定されているように感じます。

例えば、頑張り屋さんの七転び八起きタイプ。『HUNTER × HUNTER』のゴン・フリークスや、うずまきナルトなんかはここに入るんじゃないかなあ。非常にジャンプらしいというか、かの世界に三本柱としておっ立つ友情・努力・勝利を地で行く主人公というやつ。

または、メタメタのギッタギタにされながら、ぬかるんだ道を這ってでも進んでいくタイプ。『僕のヒーローアカデミア』の緑谷出久、『呪術廻戦』の虎杖悠仁なんかはこっち?デンジもそうかな?虎杖くんに関しては後ほど言及したい点があります。これは最近のジャンプで特に顕著に見られる主人公タイプで、世相を反映しているのか何なのか、やけに重めのダメージを(作者によって)ぶち込まれてしまいます。人死にが多い。少年漫画とは最早、輝かんばかりの青春を謳歌しながら、友人と肩を組んであの太陽へ向かって歩いて行こう!といったかつての枠組みから外れつつあります。近頃それを強く感じているために、この記事を書こうかなと思い至ったと言っても過言ではない。

少年漫画における主人公というのは、基本的に少年が憧れるものでなければなりません。異能モノが数多くヒットしているように、男子というのは念を操ったり気を放出したり、チャクラを練ったり領域展開したりしたいもんです。多分。だってかっこいいもんね。

ちょっぴり余談なんですが、ふらんくは最近とある筋からの布教を受けてエヴァを履修しました。まだまだエヴァオタクの赤ちゃんですが、とりあえず新劇場版を通して見たところ、これは少年漫画の土地に植えられたカブではないな……と思いました。主人公は碇シンジくんという14歳の頼りない男の子であり、彼がエヴァ初号機に乗らされて(重要)使徒を倒すという展開から話が進みます。このシンジくんのキャラクター性に、私が少年漫画ではないと断じた理由があります。

少年漫画の主人公は、頑張らなければいけません。また、モテなければいけません。この点については、芥見下々先生が担当編集に「主人公にはモテてほしい」と言われていた話(呪術廻戦公式ファンブック・p208 8巻第64話 『そういうこと』)が印象に残っています。確かに、私が読んできた少年漫画の主人公はモテ気味だった……ような。いや、ナルトはそうでもないかな。男の子が女の子にモテるのはビッグ・ドリームでしょう。ステータスにすらなりうる要素です。しかし、これら全てを凌駕する絶対的要素として、戦って勝つという最大最重要のポイントがそびえ立っているわけです。戦って勝たない少年漫画の主人公居ないです。そしてこの大きな柱に、ジャンプの代名詞である友情・努力が絡んできます。

つまり、友情を培って努力を重ね、その上で勝利を手にしないキャラクターは、少年漫画において主人公はれません。誤解のないように言っておくと、主人公の資格がないとかいうことではなく、"主人公性に著しく欠ける"ということです。前述の通り、碇シンジくんは少年漫画の主人公ではない。あれはあまりにも生身の人間の骨肉で出来すぎています。新世紀エヴァンゲリオンは、少年が自己投影して物語を楽しむタイプの作品ではないことは確かです。それもそのはず、庵野秀明監督がエヴァに込めたメッセージと、少年漫画が内包している主人公の主人公性は相反する指向を持っています。

 

しかし最近、どうも少年漫画において主人公像がやや変貌してきているように感じています。これまでの主人公とは毛色が違った様子のキャラクターがちらほら見受けられるようになってきました。例を挙げるならば、先述した通り『呪術廻戦』の虎杖悠仁。彼は呪術師として死を取り巻く世界の中で、自らが人を殺すこと・人を助けることの狭間でもがき苦しみながら成長していく姿が作中で描かれています。勿論、作者である芥見先生は大変少年漫画のセオリーに造詣が深く、至る所に読者の口角を上げるような要素が散りばめられています。しかし、虎杖悠仁の主人公としての在り方はかなり特異であるように感じます。彼の生身で等身大にて世界に存在しようとする姿勢は、少年漫画というある意味次元を超えた向こう側の世界とこちらの世界の狭間でもがいているようにも捉えられるのです。これは大変興味深い点として感じられました。また、これは個人的にスゲエなあと思っているのですが、呪術廻戦には0巻というものが存在し、そこでは乙骨憂太という少年が主人公として描かれています。この乙骨くんと本編の主人公である虎杖くんは至る所で対比され、主人公としてのスタンスや舞台上での立ち振る舞いが非常に多角的に描き出されており、よりシャープな輪郭で浮き彫りにされています。芥見先生がどこまで意図的なのか分かりませんが、所謂前作主人公との関係性によって主人公の存在を洗練していく手法がとても鮮やかで斬新だなと思いました。

芥見先生は庵野秀明監督が大好きだそう(呪術廻戦公式ファンブック・p178 0巻第2話『黒く黒く』より)で、設定や世界観の深度設定やエンタメよりの構成を意識するなど、多くの影響を受けたとご自身で語っています。私はこれを目にして、なるほどなと腑に落ちた部分もあったのです。私が感じ取った何かはここに欠片があるのかなというように。エヴァにおける碇シンジと、呪術廻戦における虎杖悠仁。ディテールは大きく異なっていても、輪郭がぼやけながらもそれを必死に保とうと苦しむ姿が、どこか重なっているように感じられました。

少年漫画はいいぞ

少年漫画には、色んなエネルギーが詰まっています。ワクワクして、今すぐにでも手首足首に重りをつけて鍛錬を始めたくなるようなエネルギーもあれば、人のために何かをしたいと動き出したくなるエネルギーもあるでしょう。その多くは主人公の動きを後追いするような形で発揮されるものです。しかし、近頃の少年漫画では、削り取った土で山を作ろう!というよりも、地面を削った穴の方が一体どのようになっているのだろうかとピントを合わせていくような物語が増えてきたように思います。伝わるのかなこれ。すごく概念的な話になっているな。

物語のいい所の一つは、自分ではない誰かの人生を追体験することが出来るところ。小説でも漫画でも映画でも、全ての作品において言えることです。そして、それぞれのジャンルでそれぞれの「追体験用人生コース」が用意されている。そのうちの「少年漫画パック」では、常人離れした能力を手にしたり、たくさんの女の子にモテたり、何度死んでも生き返ることが出来たりしていました。そしてつい最近、その棚に新たなフレーバーが追加されてきているというわけです。皆さんどうですか?あの味好き?TLでよく見かけるようになった"地獄"という単語、作品ごとにそれぞれ違った禍々しさがあってとてもいいですね。好きな地獄を選んでよ。

まあとにかくですね、散々あれこれ喋ったはいいんですけど、つまりはこういうことです。

 

新たな道を切り拓きつつある少年漫画、いいぞ。

 

これから地獄の釜に浸かってみようかなと思っている方は、チェンソーマンと呪術廻戦、僕のヒーローアカデミアをどうぞ。メジャーもメジャーどころですが、お友達と仲良く阿鼻叫喚できます。